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横浜地方裁判所 昭和51年(行ウ)30号 判決

原告 二瓶信行

被告 左藤究

主文

一  被告は海老名市に対し、金五〇六万六八〇九円及びこれに対する昭和五一年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は海老名市に対し、金五四一万三六三六円及びこれに対する昭和五一年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、海老名市に住所を有する海老名市民であり、被告は、昭和五〇年九月以降地方公共団体である海老名市の市長の職にあり、地方自治法に基づき同市の事務を管理、執行する者である。

2  被告は、海老名市長として同市所有の普通財産である別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」といい、それぞれの土地を「(一)の土地」ないし「(三)の土地」という。)を管理していたものであるが、昭和五一年四月三日、本件土地を次のとおり、いずれも公募(競争入札)に付することなく、随意契約によつて売却した(以下「本件売却処分」という。)。

(一) (一)、(二)の土地は訴外大沢弘に対して代金八二六万円で売却し、同年七月三〇日所有権移転登記手続を了した。

(二) (三)の土地は訴外石川としこに対して代金三六四万円で売却し、同年八月五日所有権移転登記手続を了した。

3  本件売却処分の経緯

(一) 訴外大沢は、厚木市において宅地の造成分譲等を行なつている有限会社大沢商会(以下「大沢商会」という。)を経営している者であるが、海老名市議会議員小山内国雄を紹介者として、本件土地を買い受けたい旨海老名市土地開発公社(以下「公社」という。)及び海老名市に申出をしたところ、公社から直接その所有地を私人に売却することができないので、違法性を隠ぺいするため、一旦海老名市の所有とし、同市から訴外大沢へ売却する旨の話し合いが、昭和五一年三月四日までに市及び公社関係者の間でなされた。

(二) 同年四月一日、海老名市と公社との間で目的を公共用地と記載した土地売買契約が締結され、その後、同月三日、本件売買契約が締結された。

(三) 海老名市は、売却後買受人のため、本件土地に四五六立方メートルの土砂を搬入し造成工事を行なつた。

(四) (三)の土地は、一旦訴外石川名義で所有権移転登記がなされたあと、同年九月一七日付で訴外大沢名義に所有権移転登記がなされ、そのころ、大沢商会は、本件土地上に住宅を建築し、土地とともに分譲する旨の宣伝をしている。

(五) 右のとおり、本件土地の売却処分は、公社関係者、被告、訴外大沢らが共謀し、本来公共用地として利用すべき土地を一建築業者の利益を図るため不当な廉価でなされたものである。

4  違法な財産処分

(一) 本件売却処分は、随意契約によることができる場合を定めた地方自治法二三四条二項、同法施行令一六七条の二第一項の規定する要件に該当せず、違法な財産の処分である。

(二) また、被告は、随意契約における価額決定に際し、土地価額の鑑定等の客観的方法を講ずることなく、著しく注意義務を欠き不当に低廉な価格によつて売却処分したものであり、被告の右行為は、裁量の範囲を著しく逸脱した違法な行為である。

5  損害

(一) 本件土地の時価は、昭和五一年四月当時、いずれも坪当り一〇万円を下らなかつたものである。

(二) 海老名市は、本件売買により、本件土地の時価一七三一万三六三六円と売買代金合計額一一九〇万円との差額五四一万三六三六円の損害を蒙つた。

6  原告は、地方自治法二四二条に基づき、昭和五一年一〇月六日、海老名市監査委員に対し、監査請求を行ない、措置について同年一一月二二日通知を受けたが、これに不服がある。

7  よつて、原告は、同法二四二条の二第一項四号に基づき、海老名市に代位して、被告に対し、海老名市に右損害金五四一万三六三六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年一二月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3(一)のうち、訴外大沢が海老名市議会議員小山内の紹介で本件土地買い受けの申出をしたこと、公社所有の土地を海老名市の所有としたうえで、同市から訴外大沢らに本件土地を売却したことは認め、公社から直接私人に売却することができないので違法性を隠ぺいするためとの点は否認する。

(二)  同3(二)の事実は認める。

なお、公共用地と記載したのは、本件土地が代替地としても利用できなかつた経過をふまえ、土地開発基金の運用の中で本件土地の売却金で以つて別の公共用地を求める等して公共用地に変えるという意味である。すなわち、基金の運用の中で、基金の土地を市の一般会計又は特別会計で取得する場合は公共用地であるという意味で公共用地と記載したものであつて、本件土地売却代金は現実に全て土地開発基金に納入済みである。

(三)  同3(三)のうち、土砂を搬入したことは認める。

なお、右は、当時海老名小学校を海老名市が造成工事中で、その残土処分が必要であつたことにより、本件土地に右残土を搬入したに過ぎず、特別な造成工事を施したものではない。

(四)  同3(四)の事実は不知。

(五)  同3(五)の事実は否認する。

4(一)  同4(一)の事実は否認する。

(二)  同4(二)のうち、被告が随意契約による本件売却処分につき土地価額の鑑定をしなかつたことは認め、その余の事実は否認する。

5  同5の事実は争う。

6  同6の事実は認める。

7  同7の主張は争う。

三  被告の主張

1  公社による土地取得の経緯

昭和三〇年中ころ、一般的な土地ブームにより地価が急騰し始めたことに加えて訴外相模鉄道株式会社が海老名市の国分寺台を大規模に宅地造成し始め、そのため同市の入口は急増した。同市としては、当然のことながら公共用地とりわけ学校用地の取得が急務となり、これを円滑に進めるためには常にかなりの代替用地を用意しておく必要があり、また、急騰する地価に対処するためにも積極的に売り地があれば取得する必要があつた。かような必要性から昭和三八年六月、財団法人海老名町開発公社が設立され、その後、同公社は、昭和四八年三月公法人である海老名市土地開発公社に組織変更されて今日に至つている。

公社は、前記の如き社会的背景から、取得しておけば急騰するとの判断のもとに、立地条件等を深く配慮することなく、昭和四〇年一二月、(三)の土地及び海老名市上今泉三丁目(旧表示は上今泉字涯)一五四八番二畑三九三平方メートル(以下「涯の土地」という。なお、この土地は、昭和四八年一〇月五日に同番四畑一〇九平方メートルと同番二畑二八四平方メートル((二)の土地)とに分筆された。)を取得した。

2  本件土地を処分するに至つた経緯

(一) 昭和四八年後半のオイルシヨツクを境に、海老名市の財政も他市同様に悪化し決算に見る公債費、すなわち、借金の返済額が大幅に増加するに至つた。例えば、昭和四八年度の歳出決算額は三七億九七七二万二三二九円、公債費額は一億六四四一万五三九三円で、公債費率は八パーセントであつたが、昭和五一年度の歳出決算額は七四億〇八五七万九〇〇〇円、公債費額五億二一四七万〇六〇〇円で公債費率も一四・七パーセントとなつているのである。

(二) いわゆる土地ブームが去つた今日、不要な土地に維持管理費用を掛けてこれを所持することは、財政上の圧迫要因となるのみであつた。公社の公共用地取得に伴う代替用地取得資金は民間金融機関からの借り入れであるが、この公社の金利負担は最終的には海老名市の負担するところとなるのである。昭和五一年度一二月三一日現在の同年度公社借入金額は一五億三八四〇万円でその支払利息は九七八七万二〇一七円にも達しているのである。

(三) 公社が取得した(三)の土地及び涯の土地(以下これらの土地を「本件取得地」という。)の取得額は、合計一四三万六〇〇〇円で、取得後昭和五一年四月一日までの支払利息は一〇一万二四六二円を要しているのであり、今後処分しないで仮に五年間所有するとこの間の支払利息だけで一三七万八一七六円が必要となり、これ以外にも事務費も要することとなるのである。

(四) 被告は、今日の如き社会情勢の中で、限られた財源で海老名市の行政面に社会福祉を充実させて行くには、右の如き公社所有の不要の土地を出来る限り処分し、その支払利息や維持管理費を軽減させる必要があつた。また、このことは市民の利益になることと確信していたのである。

3  本件土地の立地条件等

(一) 本件土地は、相鉄線及び小田急線海老名駅のほぼ北方直線一・八キロメートルの地点に位置し、接面街路は南側を幅員約六メートルの舗装公道に、東側を幅員約二・七メートルの未舗装公道に面している。小学校までは約八〇〇メートル、最寄り商店街まで約一〇〇〇メートル、官公庁まで約二〇〇〇メートルのところにあり、西側を国鉄相模線の軌道に面しているため電車の通過時には騒音及び振動がかなりひどく、また、東側が排水路及び高台地になつているため午前中の日照が阻害される。本件土地は第二種住居専用地域(建蔽率六〇パーセント、容積率二〇〇パーセント)に指定されている。本件土地の近隣地域は、市街化区域と市街化調整区域との境付近に位置しており、東側高台と西側国鉄相模線軌道敷とに挾まれ帯状に続いている低湿地域であり、大部分が水田として利用されているところである。なお、この地区は、相模川の流水の跡地で地盤軟弱な地質であることは古い住民の周知しているところである。

(二) 駅等からの距離は、相鉄線及び小田急線(共に私鉄)駅まで徒歩で三〇分から四〇分程度所要、バス停「谷入口」(一時間一本程度運行)まで徒歩で三分から四分程要する。本件取得地の地目は、田、畑となつているが実際には道路舗装工事残土等が搬入されており、代替用地として耕作地には適せず、南側道路との高低差(田で約一メートル、畑で約〇・三メートル)があり、かつ、地盤が軟弱なため耕作地宅地としての使用に極めて不適当であつた。

従つて、本件土地は、本件土地に接続する座間市桜田地区所在座間高校の敷地と同地質と考えられるが、同校建設に際しコンクリートPCパイルを打つていることより、同市自身で本件土地を向後の憂なき状態に宅造するには、同校建設と同様の工法をする必要が予測され、その造成費用は巨額なものになると考えられた。

4  本件土地を三・三平方メートル当り七万円と価格決定した経緯

(一) 昭和四八年一月九日、公社は、当時門沢橋小学校の用地買収に際し、右小学校のために用地提供をしてくれた地権者等に公社所有地をその代替地として希望者に呈示することとし、その代替地と譲渡価額を公社の理事会が決議した。右理事会には理事総数八名の内理事長以下七名が出席し協議され、代替地に提供する土地は全部で一六筆とし、その価額決定は、時価で評価することとし、近辺の売買実例及び当時の門沢橋小学校用地買収地の不動産鑑定評価額や海老名市がそれまで用地買収した時の鑑定評価額を参考として決定した。

本件取得地は、その際代替用地の一部として提供され、その価額決定は、市街化調整区域内の下今泉の保育所用地を同市が不動産鑑定評価を受けた上買収した昭和四七年六月頃の三・三平方メートル当りの買収価額が四万八〇〇〇円であつたことより、同所より五〇〇メートル位離れた本件取得地近辺の調整区域内の上今泉地区も同程度の価額と考えられたが、前述の如く本件取得地は悪条件下の土地であることから、三・三平方メートル当り四万円程度と考え、更に本件取得地は市街化区域内の土地であるため右市街化調整区域内の土地の五割増と評価することが妥当と考え六万円程度とし、当時の地価値上りの社会状勢より一万円の上乗せをし、最終的には三・三平方メートル当り七万円と決定したのであつた。

右代替地として地権者に呈示した一六筆の内六筆がその時、地権者に右公社理事会決定価額で買い受けられた。

(二) 右一六筆の代替地の内売れ残つた土地は、その後昭和四八年には社家小学校用地の地権者に、昭和四九年には相模川総合整備のための移転者及び柏ケ谷中学校用地の地権者にそれぞれ代替地として呈示するも、本件取得地はその立地条件に比し割高であるということから売却できなかつた。

(三) その後は土地ブームも去り、本件取得地の如き立地条件では今後値上りするとは思われず、前記諸事情から海老名市は本件取得地を処分したいと考えたが、右述の悪条件下で、三・三平方メートル当り七万円では地元の者に買う者はいなかつたのであつた。

その後、大和市土地開発公社より、大和市の地権者において本件取得地近辺の土地が欲しい旨の申出があつたことから、再度本件取得地の価額が海老名市の理事者及び担当職員により検討された。その際、それまで地権者に売れなかつた事情及び地価が昭和四八年頃より低下している社会実勢から判断して三・三平方メートル当り七万円で売れれば上々と考え、右大和市の地権者に七万円で呈示したが売れなかつたのであつた。

(四) このような状況の時、訴外小山内市議の紹介により、訴外大沢らの買受申入れがなされたので、この機を逃がしては何時又処分できるかわからず、海老名市条例上、財産の取得、処分に関しては五〇〇〇平方メートル以上、価格では二〇〇〇万円以上の土地については議会の議決を要するがそれ以下は市長の権限であり、また、買手がつかず今日に至つた経緯から競争入札に付することは同市にかえつて不利な結果になると予測されたので随意契約としたのであつた(地方自治法施行令一六七条の二第一項四号)。

なお、随意契約としたのはオイルシヨツク後の当時の土地の状況からして競争入札にすれば予定価格を下まわることは確実であり、また、競争入札の結果不調となつた後では予定価格で益々売却し得ぬ結果になることは必然で、かえつて市に損害を与える虞があると認められたので、市民の利益になると確信していたからである。

(五) かようにして、海老名市は、公社、訴外大沢らと昭和五一年三月四日、本件取得地を訴外大沢らに売却する旨の仮契約を締結し、同年四月一日、公社から本件取得地を買い受け、涯の土地の西側一五四八番二((二)の土地)と(三)の土地との間にある廃道敷((一)の土地部分)を涯の土地の東側に付け替え、これを一五四八番四の土地道路敷とする手続をしたうえで、同年四月三日、本件土地を訴外大沢らに売却したものであり、随意契約によつた本件売却処分は、原告主張のごとき裁量の範囲を著しく逸脱した違法な行為ではない。

5  (抗弁)

海老名市議会による承認議決

(一) 海老名市議会は、昭和五一年九月二四日、同年第三回定例会第一日目において、被告のなした本件売却処分が地方自治法九六条一項六号、二三七条二項の規定の趣旨に反して、被告に損害賠償責任の存するものであるか否かを調査するために、同法九八条の規定により議会が行なう検査及び監査請求等の権限が議会の委任により施行できる「上今泉市有地処分調査特別委員会」を設置することを議決し、右特別委員会委員には原告を含む一〇名が就任した。

(二) 右特別委員会は、昭和五一年度第四回定例会四日目の昭和五一年一二月二〇日同市議会に対し、結論として、「市有財産処分に対する市の対応及び事務処理上における欠陥から生じたもので、作為的なものは見当らず、従つて、不動産鑑定価格と売買価格との差に対する市長の損害賠償責任は存在しないものと思料する。」との調査報告書を提出した。

(三) 同市議会は、同日、議員総数二七名全員の出席した本会議において右特別委員会の調査結果を了とするか否か賛否を問うたところ、議長を除く二六名中、賛成一九名反対七名の評決をもつて右特別委員会の調査結果を承認した。

(四) 従つて、右議決は、被告のした右処分が地方自治体の財産を無償又は特に低廉価で譲渡することにより、地方自治体が蒙る財政運営上の多大の損失、特定の者が受ける利益、ひいては、住民の負担の増加と地方自治の阻害等の防止をその立法目的とした、地方自治法九六条一項六号、二三七条二項の規定の趣旨に反するものではないこと等を公に承認(追認)したものというべきであつて、この点からも被告に損害賠償義務の存せざること明白である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の事実は不知。

2  同2の事実は不知。

3(一)  同3(一)のうち、本件土地が西側を国鉄相模線の軌道に面しているため電車通過時には騒音及び振動がかなりひどく、また、東側が排水路及び高台地になつているため午前中の日照が阻害されること、本件土地が低湿地域であること、この地区が相模川の流水の跡地で地盤軟弱な地質であることを古い住民が周知していることはいずれも不知、その余の事実は認める。

(二)  同3(二)の事実は不知。

4(一)  同4(一)ないし(三)の事実は不知。

(二)  同4(四)のうち、訴外小山内市議の紹介により訴外大沢が買い受け申入れをしたこと及び被告主張の市条例の存在は認め、その余の事実は否認する。

(三)  同4(五)の主張は争う。

(四)  原告の反論

被告主張の本件土地価額決定について合理性が存しないことは、近隣土地取引の実情からして明らかであるが、さらに次の点からもそのことが推察される。

(1) 保育所用地の鑑定によれば、鑑定時は昭和四六年五月九日であり、坪単価は四万六二〇〇円とされていること。

(2) 海老名市あるいは公社が公共用地として買収する場合、売主にも税法上の特典があり、一般的に市価取引より低額で買収されること。

(3) 右鑑定時から昭和四八年一月時点までにさらに同年末のオイルシヨツクに至るまで土地価格は急上昇していること。

(4) 代替用地提供のための価格決定は、一般取引額より相当低く考えられているのに、本件ではこの点が全く無視されていること。

(5) 市街化区域を調整区域の五割増の価額と考えることは何ら合理性もなく、その倍率は極めて低い数字であること。

5  同5(三)の事実は認め、同5(四)の主張は争う。

市議会の右議決によつて、被告の損害賠償義務が消滅するものではない。

すなわち、上今泉市有地処分調査特別委員会は、地方自治法九八条により検査権限を与えられているに過ぎず、検査結果の報告が議会で「了」とされたことは、本件売買の適法性や被告の損害賠償責任とは関係がない。被告の行為の違法性を明らかにし、損害賠償を求めるのは、監査委員あるいは裁判所の固有の任務である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、随意契約によつた本件売却処分の違法性の有無について考察することとする。

1  地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく住民の地方公共団体の職員に対する損害賠償請求は、当該地方公共団体が実体法上有する請求権を住民がそれに代位して訴を提起することにより職員の違法な行為によつて地方公共団体が蒙つた損害を回復し、その利益を守ることを目的とする特別な制度である。地方公共団体の職員が当該地方公共団体に対して財産上の損害を生ぜしめた場合に、当該職員が負う賠償責任については、同法二四三条の二に規定があるほか、同法には一般的な規定はないから、右規定以外の場合は、一般法である民法の原則に準じて考えるべきである。そうすると、地方公共団体の長が故意又は過失により違法に地方公共団体に損害を蒙らせたときは民法の不法行為責任を負うべく、また、地方公共団体とその長との関係は、長の地位職務内容に照らし、本質的には委任関係であり、随意契約による本件売却処分はその委任義務の履行としてとらえられるべきであり、長は行政法規に従つてその義務を履行すべきはもとより、法規の解釈適用に当つても委任の本旨に従い善良なる管理者の注意を以て委任事務を処理する義務を負うと解すべきである。従つて、本件の場合に被告が海老名市に対して損害賠償責任を負うための要件である被告の本件売却処分の違法性の有無については右の観点からの評価がなされるべきである。

2  すすんで、本件土地売却処分に至る経緯を検討する。

(一)  本件土地は相鉄線及び小田急線海老名駅のほぼ北方直線一・八キロメートルの地点に位置し、接面街路は南側を幅員約六メートルの舗装公道に、東側を幅員約二・七メートルの未舗装公道に面し、小学校までは約八〇〇メートル、最寄り商店街までは約一〇〇〇メートル、官公庁までは約二〇〇〇メートルのところにあり、第二種住居専用地域(建蔽率六〇パーセント、容積率二〇〇パーセント)に指定されていること、本件土地の近隣地域は、市街化区域と市街化調整区域との境付近に位置しており、東側高台と西側国鉄相模線軌道敷とに挾まれた帯状に続いている地域であり、大部分が水田として利用されているところであることは当事者間に争いがない。

(二)  いずれも成立に争いのない甲第二ないし第二二号証、第三一号証、第三三ないし第四一号証、第五〇ないし第五二号証、第五四号証、乙第一ないし第四号証、第七、第八号証、第一〇号証の一ないし三、第一一ないし第一三号証、第一六号証、第一七号証の一ないし三、第一八号証、第二一号証、本件土地の写真であることに争いのない甲第四二号証、被告主張のとおりの写真であることに争いのない乙第九号証、証人後藤守の証言により真正に成立したと認める甲第三二号証、証人井上陸の証言により真正に成立したと認める乙第五、第六号証、証人井上陸、同小山内国雄、同大沢弘、同後藤守、同藤枝勝の各証言、原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)、被告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1) 海老名市(昭和四六年一一月一日市制施行前は海老名町)は、神奈川県の中央に位置し、相模鉄道による大規模な宅地造成などにより人口が急増し、それに伴い義務教育施設の整備拡充、学校用地等の公共用地の取得が必要となつていた。そこで、土地の先行取得のため、昭和三八年六月に財団法人海老名町開発公社が設立され、その後、同公社は、公有地の拡大の推進に関する法律に基づいて昭和四八年四月一日公法人である海老名市土地開発公社に組織変更されて現在に至つているが、公社の役員は、理事長、副理事長、常務理事各一名を含めて理事が七人以上九人以内、監事が二名とされており、役員の任命権は海老名市長にあり、これまで海老名市の市長、助役、収入役のほか、市の部課長らによつて公社の理事が構成されており、事務所は海老名市役所内に置かれている。確かに、公社は市とは別個独立の法人格を有するものではあるが、専ら市のために公共用地、公用地等を取得、管理することを目的、任務とするもので、あたかも市の機関ないし市の特別会計のごとき機能を果す存在である。ところで、児童生徒の急増により、海老名市における学校施設の新設は、昭和四〇年ころから昭和五三年ころまでの間に八校に及んでいるが、学校用地の取得に際しては、地主から代替地の提供を求められることが多く、また、地価上昇の社会情勢もあつて、公社としては、代替用地があれば立地条件等を十分考慮することなく買い入れていた。

かような事情のもとで、公社は、いずれも、昭和四〇年一二月二五日、(三)の土地(地目は田)を訴外井上峯吉から、また、涯の土地(地目は畑)を訴外吉田トシから代替用地として買収した(なお、登記上は、(三)の土地については、昭和四〇年一二月二五日買収を原因とする海老名町への所有権移転登記及び昭和四一年八月二四日売買予約を原因とする公社への所有権移転請求権仮登記がなされており、また、涯の土地については、昭和四一年五月二〇日買収を原因とする海老名町への所有権移転登記及び同年五月二八日売買予約を原因とする公社への所有権移転請求権仮登記がされている。)。

なお、公社の昭和四一年度期首における所有代替用地は三二一七平方メートル(簿価三八〇万三〇〇〇円)で、昭和四一年度から昭和五〇年度までに取得した代替用地は四万三二一六平方メートル(簿価四億七三五八万一〇〇〇円)、同期間中に処分した代替用地は三万七三九八平方メートル(簿価四億三三一六万六〇〇〇円)であつて、昭和五〇年度期末(昭和五一年三月三一日)現在の所有代替用地は九〇三五平方メートル(簿価八七七五万六〇〇〇円)であつた。

(2) 公社は、門沢橋小学校の用地買収に際し、用地を提供してくれた地権者らに公社所有の代替用地一六か所を呈示することになり、その代替用地の処分価格を決定する必要が生じたため昭和四八年一月九日公社理事会を開催し、理事総数八名の内、理事長以下七名の理事が出席して協議がなされた。そして、処分価格を、時価によつて評価することとし、近辺の売買実例、当時の門沢橋小学校用地買収地の不動産鑑定評価額、海老名市がそれまで用地買収した時の鑑定評価額などを参考として、これを決定した。

その際、本件取得地も右代替用地の一部として呈示するため、その処分価格を、海老名市が不動産鑑定評価(価格時点を昭和四六年五月九日として一平方メートル当り一万四〇〇〇円の鑑定評価)を受けたうえで昭和四七年六月ころ買収した下今泉の保育所用地(下今泉字宮之前四八七番田七五三平方メートル)の三・三平方メートル当りの買収価格四万八〇〇〇円を参考にして決めることとした。

すなわち、右下今泉字宮之前の土地から五〇〇メートル位離れた本件取得地近辺の市街化調整区域内の土地価格もこれと同程度と考えられたが、本件取得地は、東側が高台地となつていて午前中の日照が阻害されるとともに、南側道路よりも、涯の土地(畑)で約三〇センチメートル、(三)の土地(田)で約一メートルそれぞれ低くなつており、地盤も極めて軟弱な土地であるうえ、当時道路舗装工事による残土等が搬入されたりしていて耕作地としても使用しにくい土地で、右下今泉字宮之前の土地より幾分条件が悪いと考えられることから、一坪当り四万円程度とみたうえで、本件取得地は右下今泉字宮之前の土地と異なり市街化区域内にあるため右市街化調整区域内の土地の五割増と評価するのが妥当であるとして六万円程度とし、更に当時の地価上昇の社会情勢を勘案して一万円を上乗せし坪当り七万円と決めることとした。

(3) 門沢橋小学校用地の地権者に代替用地として呈示された右一六か所の土地の内、六か所の土地は、昭和四八年四月及び七月に右公社理事会の決定した処分価格で地権者に買い受けられたが、本件取得地は坪当り七万円では高いということで、売れ残つた。その後、売れ残つた一〇か所の代替用地は、昭和四八年中には社家小学校用地の地権者に、また、昭和四九年には相模川総合整備のための移転者及び柏ケ谷中学校用地の地権者にそれぞれ代替用地として呈示されたが、本件取得地は、その立地条件に比して割高であるということで、いずれもこれを買い受けようとする者がいなかつた。

(4) 昭和四八年後半のオイルシヨツク以降、他の市町村も同様であつたが、海老名市の財政事情は悪化し、同市の決算に見る公債費率も、昭和四八年度は八パーセントであつたのが、昭和四九年度は八・二パーセント、昭和五〇年度は九・九パーセント、昭和五一年度には一三パーセントと漸次増大していつた。

また、公社は、公共用地取得に伴う代替用地取得を民間金融機関からの借入金によつてまかなつていたため、オイルシヨツク後土地ブームが去り、値上りを見込んで取得した代替用地を保有管理するには多大な金利負担を必要とすることになり、そのため、所有土地の維持についての見直しが公社内外から指摘されるようになつた。

すなわち、公社の事業報告及び決算書についての公社監事による監査報告においても、すでに昭和四八年度において、「公社所有の代替用地として保有する総面積九〇五五平方メートル、金額にして七三三七万四二七七円は、借入金利上昇の折柄でもあり管理上の問題もあるのでその運用を促進すべきであろう。」との指摘がなされ、昭和四九年度においては、「公共用地の先行取得にあたつては、地価の動向及び借入金利等を総合的に勘案しつつ公共用地の確保を計るべきであろう。」との指摘が、また、昭和五〇年度においては、「公社の保有する準公共用地九〇三五・一二平方メートル、金額にして八七七五万五六九一円は、資金の運用及び年々金利が加算され、公社で保有すべきものではないので早急に準公共用地の処分を促進すべきであろう。」との指摘がなされていた。

さらに、海老名市議会においても、公社による代替用地の取得やその管理費用も財政圧迫の要因となるものであり、また、市の施策を実施するための財源を得るためにも公社所有の代替用地の売却をはかるべきではないかとの意見が出され(これは昭和四九年当時同市市議会議員であつた被告の意見でもあつた。)、海老名市としても公社所有の代替用地を処分する方向で検討するようになつた。

右のような指摘を踏まえて、公社としても、昭和四九年以降不要な所有土地については、これを公共用地提供者に限らず一般私人にも積極的に処分しようという方針に変つた。もつとも、一般私人へ売却する場合には、前記公社の性格ならびに従前からの慣例により一旦公社から海老名市に譲渡したうえ市が売却することになるのであるが、公社所有の代替用地のうちの大半は市街化調整区域内の農地であつて、市街化区域内にある本件取得地にあつては、前記のような立地条件から、耕作地としても使用し難く、また、宅地として処分するにも、地盤が極めて軟弱なことからかなりの造成費が見込まれ、これを造成せずに現況のままで処分することは公共機関である市としていささか無責任すぎることなどから、公社内部においては、価格が折合えば売却したいとは考えていたものの一般に公募するまでの考えはなかつた。

(5) 本件取得地については、前記のとおり何回となく地権者に対し代替用地として呈示していたが、その後も昭和五一年二月ころには大和市土地開発公社から大和市の地権者が本件取得地近辺の土地を欲しがつているとの申出を受け、海老名市の理事者及び担当職員によつて再度本件取得地の価格が検討された。そして、取得以来一〇年近く地権者に売却できなかつた経緯及び当時地価が昭和四八年ころよりも低下しているところもあつたことなどから、従前決定した価格で売却できればよいと考え、右大和市の地権者に本件取得地を七万円で呈示したが売却できなかつた。

なお、そのころ、あらためて公社理事会において代替用地の処分について検討され、昭和五一年二月二五日に開催された昭和五〇年度第四回公社理事会では、公社の理事でもあつた被告が資金的にも問題があるので代替用地のうち、海老名市において使用しうるものは別として、一定の処分価格を決めておき事務局において希望者があつたら弾力的に売却してもらいたい旨の意見を述べ、他の理事の賛同を得て、理事会として前記昭和四八年に決定した価格を基準として弾力をもつて売却することを決定した。

(6) 右のような状況下にあつて、昭和四二年以来海老名市議会議員となり、昭和五〇年一〇月二〇日からは公社の監事にも任命され、公社所有の代替用地を早期に処分すべきであると考えていた訴外小山内市議は、昭和五一年二月から三月ころにかけて、個人的に知り合いの不動産業者その他数人に対して、公社が本件取得地などを処分しようとしている旨を話したが、仲々これを買い受けようとする者はなかつた。かようなときたまたま同人の仲人である小林又一から、同人と取引関係にあり、建売分譲を営む訴外大沢弘を紹介された。そこで、訴外小山内は、訴外大沢に対し公社が本件取得地を処分したがつていることを告げたところ、同人は現地を一度見たうえで条件次第では買つてもよいというので、訴外小山内は同人を海老名市及び公社の関係者に紹介したが、右訴外小山内は売却条件など詳しいことは知らなかつたし、その後の本件土地の売却交渉には関与しなかつた。

(7) 本件取得地の買い受け希望者として訴外大沢を紹介された公社及び市の担当者は、本件取得地が昭和四〇年に取得されたもので、公社所有の代替用地の中では一番取得時期が古く、これまで何回となく地権者らに代替用地として呈示してきたが処分できず、売れ残つていた立地条件の悪い土地であつたため、自らすすんで買いたい旨の申出のあつたこの機会を逃してはいつ処分できるかわからないと判断し、競争入札に付することがかえつて不利と認められるときに当ると考えて随意契約によつて売却することとした。

訴外大沢は、当初、涯の土地のみを購入する意向であつたが、担当者から、本件取得地を通る道路(現況としては廃道同然になつていた(一)の土地部分)を涯の土地(この土地は、昭和四八年一〇月五日に同番四畑一〇九平方メートル(東側)と同番二畑二八四平方メートル(西側(二)の土地)とに分筆されていた。)の東側一五四八番四の土地に付け替える予定になつているので、涯の土地の西側((二)の土地)のほかに、廃道敷となる(一)の土地及び(三)の土地をも一体として、すなわち、本件土地全体を一括して売却したい旨の説明がなされ、そのため本件土地全体を売買交渉の対象とすることになつた。そして、本件土地の売却条件の交渉において、訴外大沢は、当初売却代金を坪当り六万円と値踏みしていたが、公社及び市の方では、公社理事会において決定された処分価格である坪当り七万円を提示し、これを高いとする訴外人の減額要求には応じなかつた。そこで、交渉の結果、価格の点は訴外大沢が譲歩することとし、その見返りとして市側において、海老名小学校造成工事による残土の埋立予定先において土砂が不要となつていたことから、その土砂を本件土地に搬入し埋立てること(価格的には、全体で四〇万円程度の提供となる。)等の便宜を図ることで、坪当り七万円で折り合いがついた。

なお、訴外大沢の本件土地取得の目的は、当初から建売分譲にあつたが、本件土地は、都市計画法施行令一九条の規定により神奈川県知事が定めた規則で都市計画法二九条による県知事の許可を要する開発行為の規模が五〇〇平方メートル以上と定められた区域にあり、本件土地の地積は合計すると五七一・三五平方メートルとなり五〇〇平方メートルを超えるため、訴外大沢は、(三)の土地については義理の妹である訴外石川としこ名義で買い受けることとし、表向きは、兄妹で家を建てたいとの理由で本件土地を買い受けることとした。

(8) 右交渉により、本件土地の売却について一応の合意がまとまつたものの、売却の手続としては、前示のように公社の性格上公社所有となつている本件取得地を公社から直接売却することができないので、一旦公社から海老名市に売却してさらに同市から訴外大沢らが売却を受けることとし、その際本契約を締結し、また、それまでの間に、同市において道路((一)の土地)を付け替える手続を了することとなつた。

そして、昭和五一年三月四日、同市の担当職員からの報告を徴したうえで、被告は随意契約により本件土地を坪当り七万円相当で売却処分することを承認し、同日、海老名市、公社、訴外大沢の三者間において、売買対象の土地の表示としては、「上今泉字涯一五四三番二畑三九三平方メートル」(すなわち、昭和四八年一〇月五日に分筆される前の表示によるところの「涯の土地」)とする土地売買の仮契約書が、また、海老名市、公社、訴外石川の三者間において、売買対象の土地の表示として「上今泉字榎戸一九一二番三田一七五平方メートル」(すなわち、(三)の土地)とする土地売買の仮契約書がそれぞれ締結された。右仮契約は、海老名市が公社から本件取得地を買い受けることを前提として、被告において海老名市を代表し海老名市が売主となり、訴外大沢に対しては涯の土地を八二六万円で売却し、また、訴外石川に対しては(三)の土地を三六四万円で売却すること、公社は海老名市の義務履行を保証することがその内容とされた。

(9) 海老名市は、同年四月一日、土地開発基金を運用して公社から本件取得地を二四九万五五四五円(涯の土地は一八五万三〇五四円、(三)の土地は六三万七四九一円)で買い受け、事実上農道として使用されていた涯の土地の東側一五四八番四の土地に道路を付け替えたうえ(なお、廃道敷の(一)の土地については、同年三月三日付で表示登記をなしたうえ、同月五日海老名市のため所有権保存登記がなされている。)、同年四月三日、被告において海老名市を代表して(一)(二)の土地を訴外大沢に八二六万円で、(三)の土地を訴外石川に三六四万円で売却した。右売却代金の支払は、土地開発基金に、同日二四九万五五四五円、同年六月七日三四五万四四五五円、同年七月二七日残額五九五万円が納入された(なお、公社所有の土地を海老名市の所有としたうえで、同市から訴外大沢らに本件土地を売却したことは当事者間に争いがない。)。

以上の事実を認めることができ、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は前掲証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  原告は、「被告は、公社関係者、訴外大沢らと共謀して本来公共用地として利用すべき本件土地を一建築業者の利益を図るため不当な廉価で売却処分した。」旨主張する。

しかしながら、原告主張の事実を認めるに足りる証拠はなく、かえつて、前記認定のとおりの経緯を認めることができ、被告、公社関係者、訴外大沢らが、訴外大沢の利益を図るため低廉な価格で処分すべく共謀したものではないことが認められるのであるから、原告の主張は理由がない。

4  ところで、前示認定のとおり被告は海老名市長として、同市を代表して本件土地を売却するに当り、一般競争入札に付することなく、随意契約によつたものであるが、地方自治法二三四条二項によれば、「随意契約は政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる。」とされ、そうして同法施行令一六七条の二第一項は、「随意契約によることができる場合は次の各号に掲げる場合とする。」と定め「競争入札に付することが不利と認められるとき。」等七つの場合を掲げている。しかして、右七つの場合が制限列挙であることは規定の体裁上明らかである。

そこで被告において本件土地売買について随意契約をなしたことが、右「競争入札に付することが不利と認められるとき」に該るか否かを検討してみることとする(なお、被告が「競争入札に付することが不利と認められるとき。」に該るとして本件随意契約をなしたものであることは、被告の主張自体に徴して明らかであり、本件全資料によるも、その余の場合の該当性の有無を考慮する必要があるとは認め得ない。)。

なるほど、前記認定のように本件取得地は昭和四八年中に二度、地権者らに代替用地として呈示されたが、その立地条件が悪いことなどの理由から売れなかつたこと、昭和四九年にも相模川総合整備のための移転者らあるいは柏ケ谷中学校用地の地権者に代替用地として呈示されたが、割高であるということで買い受けようとしなかつたこと、昭和五一年二月ころ大和市の開発公社の紹介による同市の地権者に呈示しても売却できなかつたこと、昭和四九年ころから市の財政における公債費率が年々漸増し、本件取得地等代替地の取得のための借入金の金利負担が財政を圧迫する要因となる等、市財政の逼迫するなかで、取得時期も一番古いものとなつた本件取得地が売れ残り早期処分が望まれていたこと、立地条件が悪いことから現状のままで一般市民に売却することは公共機関の性質上適当でないと考えられることなどの諸事情があつたことが認められないではないが、本件取得地が売却のため呈示された相手方はすべて公共用地を提供した地権者に限られたものであり、開発公社ないし海老名市において一般市民を相手として公募したことはないのであり(なお、被告はオイルシヨツク後の当時の土地の状況からして競争入札にすれば予定価格を下まわることは確実であり、また、競争入札の結果不調となつた後では予定価格で益々売却し得ぬ結果になることは必然で、かえつて市に損害を与える虞れがあると認められたと主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、本件売却処分当時の客観的状況は前示認定の経緯以上のものではなかつたことが認められる。)、市財政の圧迫も競争入札に付することを不利とする事情にはならないし、公共機関が立地条件の悪い本件取得地を一般市民に売却することが適当でないと考えられる事情にあつたことも、いまだ競争入札に付することを不利とする事情に該るとは認め難い。けだし、市としては訴外大沢らに対してしたと同様に不要の土砂を本件取得地に搬入して埋立ててやることも可能であつたと考えられるからである(ちなみに、開発公社の監事であつた小山内市議が昭和五一年二、三月ころ知り合いの不動産業者やその他数人の者に対して本件取得地売却の話をもちかけたが買い受けようとする者がなかつたことは前認定のとおりであるが、同人は本件取得地の売却価格等を知らなかつたのであるから、これを告げていないと推認され、右事実も競争入札に付することを不利と認める事情とはなし難い。)。

仮に、被告において前記各事情をもつて競争入札に付することが不利と認められるときに該ると確信したとしても(特に、公社理事会において本件取得地の処分価格を一坪当り七万円と定め、本件土地の処分価格も右に準拠して決定したもので、価格決定に際し、その公正を疑わしめる事情はなく、被告はもとより、本件売買を担当した公社、市の職員において、道路の付替等はあつたものの本件土地が一坪当り七万円で売却できれば上々であるとの認識があつたとしても)、右は受任者としての善管注意義務に反し、法令の解釈適用を誤つたものといわざるを得ない。けだし、市の住民の信託に基づき市の財政の運営を一身にまかされた被告市長としては、市の財産を市に最も有利に処分し、いやしくも市に損失を及ぼすことがないように配慮すべき義務を負うものであるから、相当な注意を払つて時価を調査(後に認定するように、適当な鑑定を経る等の方法によつて本件取得地の時価を確認することは容易であつたと認められる。)し、相当数の不動産取引業者等にあたつて本件土地売却の能否をただし土地取引の実勢を把握する等の措置をとつたうえ、競争入札に付することが不利になり、本件土地の売却方法としては随意契約によることの方が、市に最も有利な処分であることを確めたというような特段の事情があるなら兎も角、売買等の契約の締結は、原則として競争入札の方法により締結すべきものとし、随意契約により得る場合を制限し、例外的方法としている地方自治法二三四条の法意に照らし、被告は前掲の各事情のみをもつて漫然競争入札に付することが不利と認められるときに該ると軽信すべきではなかつたというべきである。

してみると、被告が本件取得地を随意契約により売却処分したことについて前示のように疑惑を抱かれるようなかどは見受けられないが、市長が地方自治体たる市と委任関係にあることに鑑みれば、被告が本件取得地を売却するに当つて著しく注意義務を欠いたとのそしりは免れ得ないから、本件売却処分は違法であるといわざるを得ない。

三  次に本件売却処分によつて海老名市が損害を蒙つたか否かについて検討する。

1  本件土地の売却処分時の時価について考察するに先立つて、前段で認定したように本件土地には廃道部分を含み、東側に市道が付け替えられる等のことがあつたので、売却処分の対象となつた土地の範囲、形状について考えておく必要がある。

前掲甲第五四号証、乙第一、第二号証、証人小早川勲平の証言、鑑定の結果、原告本人尋問の結果ならびにこの弁論の全趣旨を総合すれば、海老名市は昭和五一年春ころから同年一〇月ころまでの間に、前認定の約定により本件土地にダンプカー六七台分(価格にして四〇万円程度のもの)の土砂を搬入し、訴外大沢は本件土地の東側の幅員二・七メートルの市道に道路拡幅部分として幅一・三メートル、長さ四〇メートルにわたる土地を提供し、海老名市とともに幅四メートルの道路とし、訴外大沢は右搬入された土砂をならして整地し、その結果、同年一〇月ころまでには本件土地は、別紙図面赤斜線部分のような形状になり、南側は幅員六メートルの舗装道路に、東側は自己の提供した土地部分も含めて幅員四メートルの未舗装道路に、西側は国鉄相模線の軌道敷に接面する矩形の一区画の土地となり、本件土地の北側及び西側は隣接地より一メートル高く、南側及び東側は隣接する各道路とほぼ等高の平坦な土地となつたことが認められる。

右認定のような範囲、形状の土地が本件売却処分の対象となつた土地ということができる。

2  そこで、本件土地の時価について考察する。

(一)  前掲乙第一三号証によれば、不動産鑑定士小早川勲平は次のように鑑定していることが認められる。

対象地(本件土地)を宅地見込地と前提して、(1)取引事例比較法を適用し、事情補正、時点修正をなし、地域要因、個別要因等の価格形成要因を考慮したうえで、本件土地の比準価格を一平方メートル当り二万三五〇〇円とし、(2)造成後の宅地の更地価格から求める方法として、最も規範性ある神奈川県基準地「海老名(県)―2」一平方メートル当り四万六七〇〇円により、時点修正、地域要因、個別要因を考慮して、一平方メートル当り四万〇四三二円とし、本件土地全体から公園、学校、道路等の用地として一〇九平方メートル提供する必要があるから有効宅地化率は八〇・九パーセントであり、本件土地は一平方メートル当り三万二六八三円となるが、さらにこれから開発負担金、造成工事費(一平方メートル当り四五〇〇円)、販売及び管理費、適正利益等を控除すると一平方メートル当り二万三五〇〇円となるとし、(3)右各試算価格が地価公示法に準じた取扱いがなされる県基準地「海老名(県)3―1」により告示されている一平方メートル当り二万五〇〇〇円の基準地価格に時点修正、地域要因、個別要因による補正をほどこした一平方メートル当り二万三四〇〇円とも殆ど開差がないとして本件土地の評価額は一平方メートル当り二万三五〇〇円であると決定するとしている。以上によれば、本件土地は三・三平方メートル当り七万七五五〇円ということになる。

しかしながら、証人小早川勲平の証言によれば、右小早川鑑定士は、取引事例比較法を適用するに当り、事例として、主として畑、田、山林を選択(宅地を選択した場合も農家住宅地域を選択)していることが認められ、右鑑定は、そもそも前提となる比較事例に問題があるのみならず、地域要因の格差、個別要因の格差の取り方にも多大な疑問がある。さらに、成立に争いのない甲第五五号証によれば、海老名市の宅地開発指導要綱が適用されるのは、「都市計画法及び宅地造成等規制法に基づく宅地等の開発事業で、その規模が五〇〇平方メートル以上のもの」又は「建築基準法に基づく中高層建築物で、その建築物が三階以上又は地上高一〇メートル以上のもの及び住居規模が一五戸以上のもの」の事業を行なうものについてであるけれども、右事業者のうち、公園、学校用地の提供を求められるのは、公園用地については「開発面積が三〇〇〇平方メートル以上又は計画戸数一五戸以上の住宅の造成を行なう場合」であり、また、学校用地については「計画戸数一五戸以上」又は「一五戸未満でも中高層一〇メートル以上の建築物」の場合であつて、本件土地(右鑑定は、本件土地の最有効使用を低層住宅用地としている。)は、右のいずれにも該当しないのに、右鑑定は、公園用地として二九平方メートルの提供を、また、学校用地として五二平方メートルの提供をいずれも考慮している点において明らかな誤りをおかしているというべきである(もつとも、道路用地の提供については、右鑑定は、東側約二メートル(証人小早川勲平の証言によれば、公図の縮尺に基づいて二メートルとしたとする。)の市道を拡幅するとして二八平方メートルの提供を考慮しているけれども、本件土地の奥行は約四〇メートルあるのであるから、右は〇・七メートルの拡幅にしかならないところ、右要綱によれば、幅員最低四メートルとしているのであるから、前記認定のとおり、面積にして二四平方メートル、道路幅にして〇・六メートルの道路用地の提供不足をきたしていることになる。)。

これを要するに、右小早川鑑定は本件土地の時価を認める資料としては採用し難いものである。

(二)  前掲甲第五四号証によれば、勧業不動産株式会社は次のように鑑定していることが認められる。

価格時点を昭和五一年二月二八日とし、本件土地の一平方メートル当りの価格を二万七九〇〇円、三・三平方メートル当り五万二〇七〇円としている。しかしこれを仔細に検討するに、(一)、(二)の土地を〈A〉画地、(三)の土地を〈B〉画地とし、まず〈A〉画地の価格を求め、次にこれと比較して〈B〉画地の価格を求めて、両画地の価格に基づき鑑定評価格を決定するものとしている。そうして〈A〉画地の価格を求めるには造成後の状態を想定して、その転換後の価格を求め、当該価格に基づき宅地としての価格を決定するとし、比準価格一平方メートル当り四万八四〇〇円、収益価格一平方メートル当り三〇万〇二〇〇円としたうえ、〈A〉画地の標準地価格を一平方メートル当り四万三〇〇〇円とし、〈A〉画地の転換後宅地を均一化するための平均係数一・〇二三三を乗じ、これに道路として提供すべき土地、すなわち、〈A〉画地中、宅地として五二平方メートル利用できない部分があるから、有効宅地化率は〇・八六八八になるとし、さらにこれに右〇・八六八八を乗じて得た額から造成工事費(一平方メートル当り四五三四円)を控除した一平方メートル当り三万三七〇〇円が〈A〉画地の価額となるところ、これを調整して三万三〇〇〇円となるとする。

一方〈B〉画地については、〈B〉画地全体が軌道敷側に位置しているため、その騒音、振動等の影響を強く受けるものであること、間口が狭隘で形状が帯状であつて利用が著しく制限されること、地勢が低いこと及び一方路画地であること等によつて〈A〉画地よりも劣つているとして〈A〉画地を一・〇〇としたとき〇・四九であるとし、一平方メートル当り一万六二〇〇円としている。

そうして本件土地全体としては一平方メートル当り二万七九〇〇円、三・三平方メートル当り九万二〇七〇円と評価しているのである。

しかしながら、前記認定のとおり、本件土地は、(一)、(二)の土地すなわち、〈A〉画地と(三)の土地すなわち、〈B〉画地とが、前者は訴外大沢に、後者は訴外石川にそれぞれ売却されたものの、両土地が明確に区画されているわけではなく、(一)、(二)、(三)の土地は別紙図面のとおり一体となつた一個の画地となつているのであって、〈A〉画地と〈B〉画地に格差があるはずはない。〈A〉画地と〈B〉画地の区別はいわば観念上のものなのである。

そうすると、右鑑定は本件土地全体を〈A〉画地と同等に一平方メートル当り三万三〇〇〇円と評価したものと解しても支障はない。ただ、本件土地中〈B〉画地側が軌道敷に面していることは間違いないので、右鑑定が考慮したように、〈B〉画地の価額が〈A〉画地の〇・四九であると評価することは首肯できないまでも、この個別的要因は当然考慮さるべきものであるところ、証人小早川勲平の証言によれば左軌道は国鉄相模線であつて、単線であり一時間に二本程度、通勤時間帯は、それ以上の頻度ではあるが、電車の通過があり、その騒音と振動はマイナス要因として考慮され、付近に踏切がある交通の危険も考えられるので、線路縁として五パーセントから二〇パーセント減価されるのが通常の鑑定方法であることが認められ、前掲乙第一三号証によれば、右小早川はこの減価率を一〇パーセントとしていることが窺われ、右減価は相当であると考えられるから、本件土地全体について右一〇パーセントの線路縁減価をなすべきであると考えられる。

以上のように理解する限りで、右勧業不動産の鑑定は、他にこれを支持する資料があるなら、相当信頼性があるといつてよいと解する。

そうすると、右鑑定によれば、本件土地は一平方メートル当り二万九七〇〇円、三・三平方メートル当り九万八〇一〇円ということになる。

(三)  当裁判所のなした鑑定の結果によれば、鑑定人固武辰丙(不動産鑑定士)は次のように鑑定していることが認められる。

評価時点を昭和五一年四月三日とし、本件土地の一平方メートル当りの評価額を三万三三〇〇円、三・三平方メートル当り一〇万九八九〇円としている。右鑑定は本件土地が南側幅員約六メートルの舗装市道に、東側幅員約四メートルの未舗装市道に接面していることを前提として、取引事例比較法及び収益還元法を適用し、昭和五三年一月一一日時点の比準価格を一平方メートル当り五万五一〇〇円、収益価格を一平方メートル当り四万六七〇〇円とし、さらに基準地比準法を適用して神奈川県基準地(海老名―2)の標準価格に時点修正、標準化補正、地域格差、個別格差の各係数を乗じて比準した価格一平方メートル当り四万四二〇〇円を求め、右比準価格と収益価格との開差を右標準価格に比準して求めた価格との均衡をはかつて一平方メートル当り四万八七〇〇円と決定し、これに有効宅地率八五パーセント(右有効宅地率八五パーセントには、本件土地の東側幅員約四メートルの道路中、一、三メートルは本件土地から提供されたもの、すなわち、面積にして五二平方メートルの土地部分は本件土地の一部であり、従つて、本件土地中、五二平方メートルは宅地として利用できないことも考慮したうえでのパーセンテージであると認める。)、造成工事費等を考慮したうえ、現在時点(前記昭和五三年一月一一日)の本件土地の価格を一平方メートル当り三万四八〇〇円と算出している。そうして時点修正をなしたうえ、昭和五一年四月三日(本件売却処分の日)の本件土地の価格を右の一平方メートル当り三万三三〇〇円としている。

右は前掲勧業不動産の鑑定による一平方メートル当り三万三〇〇〇円に酷似した価格ということができる。

そうして、証人小早川勲平の証言によれば、右鑑定も線路縁減価を考慮していないから、前項で説示したと同様、一〇パーセントの線路縁減価をなすのが相当と考えられる。

かように見ると、鑑定人固武辰丙の鑑定も右の補正をなした限度で相当の信頼をおくことができるというべきである。

そうすると、右鑑定の結果によれば、本件土地は一平方メートル当り二万九九七〇円、三・三平方メートル当り九万八九〇一円ということになる。

(四)  以上不動産鑑定士による適式な鑑定評価を彼此対照すれば、本件売却処分がなされた昭和五一年四月三日当時の本件土地の三・三平方メートル当りの価格は、すくなくとも九万八〇〇〇円を下らないものと認めるのが相当である。

(五)  証人後藤守、原告本人は本件土地が昭和五一年四月三日当時三・三平方メートル当り一二万円ないし一三万円であつた旨供述するが、右各供述は、適確な根拠に基づく客観的な価格を述べたものとは認められないから信用し難く、甲第四四号証の一、二、同第四五号証の一ないし三も右供述を裏付ける証拠とはならない。

また、証人大沢弘、同藤枝勝、同井上陸、被告本人は本件土地が昭和五一年三月四日当時三・三平方メートル当り七万円以下であつた旨供述するが、右各供述も主観的な価格ないし特殊な例外的事例を根拠に述べるものであつて、客観的な価格を認める証拠とはなし難く、乙第一四、第一五号証も同様に客観的な価格を認めるに足りる証拠とはなし得ない。

(六)  そうすると、本件土地の昭和五一年四月三日当時の時価は、三・三平方メートル当り九万八〇〇〇円(一平方メートル当り二万九六九六円)であるから、本件土地全体の価額は右二万九六九六円に五七一・三五を乗じて得た一六九六万六八〇九円であるということになる。

3  被告が本件土地を訴外大沢らに対し昭和五一年四月三日、一一九〇万円で売却したことは前示認定のとおりであるから、海老名市は当時の時価一六九六万六八〇九円から一一九〇万円を差引いた五〇六万六八〇九円の損害を蒙つたというべく、右は被告の違法な本件売却処分によるものと認めることができる。

四  請求原因6の事実は当事者間に争いがない。

五  進んで、海老名市議会が被告のなした本件売却処分につき、これを承認する旨の議決をしているから、被告に損害賠償義務は存しないとの被告の抗弁について判断する。

前掲乙第一、第二号証によれば、(一)海老名市議会が昭和五一年九月二四日、同年第三回定例会第一日目において、被告のなした本件売却処分が地方自治法九六条一項六号、二三七条二項の規定の趣旨に反して、被告に損害賠償責任の存するものであるか否かを調査するために、同法九八条の規定により議会が行なう検査及び監査請求等の権限が議会の委任により施行できる「上今泉市有地処分調査特別委員会」を設置することを議決し、右特別委員会委員には原告を含む一〇名が就任したこと、(二)右特別委員会は昭和五一年度第四回定例会四日目の昭和五一年一二月二〇日同市議会に対し、結論として、「市有財産処分に対する市の対応及び事務処理上における欠陥から生じたもので、作為的なものは見当らず、従つて、不動産鑑定価格と売買価格との差に対する市長の損害賠償責任は存在しないものと思料する。」との調査報告書を提出したことを認めることができる。

また、(三)同市議会が、昭和五一年一二月二〇日、議員総数二七名全員の出席した本会議において右特別委員会の調査結果を了とするか否か賛否を問うたところ、議長を除く二六名中、賛成一九名反対七名の評決をもつて右特別委員会の調査結果を承認したことは当事者間に争いがない。

そこで右市議会の承認議決の性質及び効力を考察してみるに、議会が地方自治法九八条に基づいて行なう検査は、議会の執行機関に対する行政監督作用として行なわれるものであつて、それ自体としては何ら直接の法的効果を伴うものではなく、議会が右の検査の結果、市長に損害賠償責任がないとする(特別委員会の調査結果を了とする。)旨の承認議決を行なつたとしても、このような議決は、単なる議会の内部的意思決定であつて、議会としては当該問題についてそれ以上市長の政治責任を追及しないとの立場を表明したにすぎないと解するのが相当である。そうだとすると右議決の存在が市長に対する損害賠償請求権の発生を障害するものということはできない。確かに議会は、地方公共団体の最高の意思決定機関であるが、住民訴訟の制度は、議会も含めた地方公共団体の機関が正常な機能を果さない場合に、補充的にその財務会計上の非違を訴訟で是正させようとする趣旨に出たものであつて、議会の議決があつたとしても、法令上違法な支出が適法な支出となるものではない(最高裁大法廷昭和三七年三月七日判決)から、法令上議会の議決があれば、これを行なつた職員が免責されることとなるような場合を除き、反対の趣旨の議会の議決があつたからといつて普通地方公共団体に代位してなす住民訴訟が許されなくなるとはいえない。

さらに、右議会の議決を地方自治法九六条一項六号、二三七条二項所定の適正な対価なき譲渡に対する同意と解することも、右の議決が市長の損害賠償責任が存在しないことを承認したに過ぎないものである以上、困難というほかない(仮に、これに該当するといえるとしても、同法九六条一項六号所定の議決さえあれば、常に適正な対価なき譲渡が違法でなくなるというものでないことは前述のとおりである。)から、右議決を経たことをもつて、被告に損害賠償義務が存しないとする被告の抗弁は採用し難い。

六  以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し海老名市に対し金五〇六万六八〇九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五一年一二月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があることからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言を付することは相当でないのでこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川正澄 三宅純一 桐ケ谷敬三)

物件目録〈省略〉

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